「実家にあるこの絵、リトグラフとシルクスクリーンどっちだろう?」
「保証書に『ジクレ』や『エスタンプ』と書いてあるけれど、価値の差はどこにある?」
版画の売却や整理を考えている方から、非常によく聞かれる疑問です。
長谷川雅人結論としては「リトグラフだから高い」「シルクスクリーンだから安い」といった、技法による絶対的な価値の優劣は美術市場には存在しません。
本記事では、版画の伝統的な4大技法から、現代の最新技法(ジクレなど)、そして市場で誤解されやすい用語(エスタンプなど)までを分かりやすく整理しました。その上で、プロの鑑定士が「本当は何を見て価格を決めているのか」という市場の現実をお伝えします。
そもそも何が違う?版画の主要技法と専門用語まとめ
版画は、インクを紙に乗せる仕組み(版の構造)によって種類が分かれます。また、近年ではデジタル技術を用いたものや、特殊な加工を施したものも多数流通しています。
スマートフォンでご覧の方でも見やすいように「伝統的な4大技法」と「現代の技法・市場用語」の2つに分けて解説します。
【基礎知識】版画の伝統的な「4大技法」
| 技法分類 | 代表的な名称 | 版の構造(インクのつき方) | 特徴・風合い | 代表的な作家 |
| 平版 (へいはん) | リトグラフ (石版画) | 【水と油の反発を利用】 平らな石や金属板に油分で描き、化学処理をしてインクを乗せる。 | クレヨンや筆のタッチ、ぼかしなど、画家が直接描いたような生々しい筆跡を再現できる。 | シャガール ピカソ 東山魁夷 |
| 孔版 (こうはん) | シルクスクリーン | 【メッシュ(網目)を通過】 網目にインクが通る穴と通らない部分を作り、上から押し出す。 | インクが厚く乗るため、均一で鮮やかなベタ塗りやシャープな線が表現できる。 | ウォーホル 草間彌生 鈴木英人 |
| 凸版 (とっぱん) | 木版画 | 【出っ張った部分に色】 板を彫り、残した凸の部分にインクを乗せて刷る。(基本原理はハンコと似ている) | 木の温もりや木目、力強い彫りの線が出る。日本の伝統的な浮世絵もこの技法。 | 棟方志功 川瀬巴水 葛飾北斎 |
| 凹版 (おうはん) | 銅版画 (エッチング等) | 【溝に入り込んだ色】 銅板に溝(凹)を作り、そこにインクを詰めて強い圧力をかけて刷る。 | 紙にインクが盛り上がり、髪の毛よりも細く繊細な線や、深い陰影、緻密な描写が可能。 | レンブラント 長谷川潔 浜口陽三 |
💡 プロの視点:作品に触れずに「技法」を見分けるヒント
額縁に入った状態でも、表面をよく観察すると技法の特徴が見えてきます。
- リトグラフ: 色の境界線が柔らかく、クレヨンや鉛筆で描いたような粒子感が見えることがある。
- シルクスクリーン: 色面の境界が比較的くっきりしやすく、同じ色が均一に見えやすい(作品によって厚みや刷りムラもあります)。ルーペで見ると網点ではなく、インクの“面”として乗っているように見えることが多い。
- 銅版画: 絵の周囲に、プレス機で強く押し付けられた「プレートマーク(版のへこみ跡)」が残っている場合が多い(※裁断されて消えている例もあります)。
【要注意】現代の特殊技法と市場用語
保証書や作品説明でよく見かける用語です。特に「エスタンプ」は誤解が多いため注意が必要です。
| 技法・用語 | 代表的な名称 | 仕組み・意味合い | 特徴・市場での扱い |
| デジタルプリント | ジクレ (ジークレー等) | 【高精細インクジェット】 原画をスキャンし、顔料インク等を微細に吹き付ける現代の技法。 | 物理的な「版」を用いないことが多く、原画に極めて近い発色が可能。適切な材料・保管環境下であれば長期の安定性が期待できる。 |
| 特殊加工 | レリグラフ (ミクスドメディア等) | 【樹脂等による立体加工】 ジクレやシルクスクリーンで刷った上に、特殊な透明樹脂等を重ねる。 | 表面が盛り上がっており、立体的でツヤのある質感が出る。商標や販売用語として使われる文脈が強く、呼称は販売元により異なる。 |
| 市場用語 | エスタンプ | 【※フランス語で「版画」の意】 本来は版画全般を指すが、日本の販売現場では「複製版画」の意味合いで使われることがある。 | 職人が原画を版画技法で複製したもの(死後復刻など)を指すことが多い。作家の直接的な関与が薄い場合、同一作家の生前に監修されたオリジナル版画と比べると、評価は大きく下がる傾向にある。(※例外あり。詳しくは後述) |
査定額は何で決まるのか?「技法」の評価ウェイトが低い理由
「リトグラフ」は筆のタッチを活かした絵画的な表現に優れ、「シルクスクリーン」は鮮やかな色彩表現に優れています。
しかし、これは「油絵と水彩画、どちらが高いですか?」という質問と同じで、表現方法が違うだけであり、技法そのものが価格の優劣を決めるわけではありません。
つまり、ある作品ではリトグラフの方が高額になり、別の作品ではシルクスクリーンの方が高額になることもあります。それを決めているのは技法ではなく、以下の要素による「総合的な判断」です。
① 最も影響が大きいのは「作家の市場評価と需要」
価格形成を左右する最大の要因は、「誰の作品か」そして「今、市場でどれくらい求められているか」です。
例えば、草間彌生の代表作「かぼちゃ」が数百万円で取引されるのは、それがシルクスクリーンという技法で作られているからではなく、「草間彌生という作家が世界的なアートマーケットで高く評価されているから」に他なりません。同じ作家でも、人気の図柄かどうかで価格は大きく変動します。
② 「作家関与の度合い」と「証明」の有無
同じ作家、同じ図柄の版画であっても、以下のような条件によって価格差が生まれます。ここでも技法は直接的な要因にはなりません。
- 直筆サインの有無: 作家本人の直筆サイン(鉛筆書き等)があるか。サインや証明が乏しい場合、真贋確認や流通が難しくなり、評価が伸びにくくなります。
- 制作時期と監修(エスタンプについて): 作家が生前に自ら監修して制作したものか、死後に遺族や財団がライセンス管理して制作した復刻版か。生前作の方が高く評価されます。
- ※エスタンプに関する注意: 保証書に「エスタンプ」と書かれていても、それだけで無価値と即断はできません。重要なのは「誰(版元)が発行し、作家または財団がどの範囲で承認・監修したか」です。
- 限定部数(エディション): 余白にある「12/100」などの数字は限定部数を表します。また、「EA」や「AP」などのアルファベットは作家保存版を意味し、通常ナンバーと同等に扱われます。
エディションナンバー「EA」「AP」「HC」の意味と市場価値の違いについて
※補足:版上サインと「カタログレゾネ」の例外
シャガールやピカソなど一部の巨匠作品には、直筆ではなく印刷されたサイン(版上サイン)であっても高額で取引される例外が存在します。これらは「カタログレゾネ(作家の全作品を網羅した公式目録)」に正規の作品として記載されているため、美術的価値が担保されています。自己判断での処分は禁物です。
③ 技法が少しだけ関わる「コンディション(保存状態)」
美術品の査定において、作品のコンディションは非常に重要です。ここで初めて、「技法ごとの特徴(弱点)」が少しだけ査定の減額要因として関わってきます。
- リトグラフ: 紙の質、インクの種類、額装の仕様、光環境(紫外線)などが複合的に絡み、「退色(ヤケ)」が起きる場合があります。色が飛んでしまうと元の状態に戻すのは難しく、減額要因となります。
- シルクスクリーン: インクを厚く盛る特性上、極端な温度・湿度変化や保管環境によって、インク層に「ひび割れ」や「剥がれ」が起こることがあります。
- 共通の弱点: 日本の多湿な環境下では、紙の「波打ち」や、茶色い斑点状の「カビ」が発生しやすく、これらも大きな減額要因となります。
まとめ:査定前に確認すべき「4つのチェックポイント」
あなたの版画の価値は、リトグラフかシルクスクリーンかという「技法」ではなく
「作家の市場評価」
「作品の仕様(サインや発行元)」
「現在のコンディション」
という総合的な要素で決まります。
技法を見分けるために、無理に額縁の裏板を外したり、ルーペで表面を擦ったりする必要はありません。素人が触れると、逆に作品を傷めるリスクが高まります。
もし売却や価値の確認をお考えなら、業者に問い合わせる前に以下の4点を確認(またはスマホで撮影)しておくと、スムーズかつ正確な査定結果が得られます。
- 作家名とタイトル: 誰の、何という作品か(保証書や箱に記載がないか)。
- エディション表記: 余白にある数字(例:12/100)やアルファベット(EA、APなど)。
- サインの種類: 直筆の鉛筆書きか、印刷か、スタンプか。
- 付属品の有無: 購入時の保証書、共箱、黄袋などは揃っているか。
「シミが出る前に」「色が褪せる前に」、今の状態で市場でいくらの価値がつくのか、まずはプロの相場データに照らし合わせてみることが最も確実な方法です。
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