東山魁夷の版画・複製画における査定の現実
東山魁夷の版画・複製画の買取相場は、数千円から150万円超まで極めて大きな差があります。
価格を分けるのは「制作技法(サインの有無)」「図柄」「真贋証明」「コンディション」の4つの客観的要素です。
本記事では、鑑定現場での実務経験と直近の市場データをもとに、その評価基準と現実的な相場トレンドを解説します。
「家に東山魁夷の絵がある。現在の市場価値を知りたい」
遺品整理や生前整理において、このようなご相談は非常に多く寄せられます。日本を代表する国民的画家である東山魁夷の作品は、現在でも美術市場で活発に売買が行われています。
しかし、市場に出回っている東山魁夷の「版画」や「複製画」には明確な階層が存在し、所有者の思い入れが査定額に反映されることはありません。市場の現実的な評価基準を客観的に把握することが、適正な売却への第一歩となります。
【種類別】版画・複製画のヒエラルキーと買取相場(実例付き)
長谷川雅人私の査定現場においても、数千円の価値しかない共同印刷製の複製画を「本物のリトグラフ」と誤認しているケースが後を絶ちません。
まずは以下の表と、直近の業者間取引の相場データを照らし合わせ、ご自身の作品がどの階層に属するかをご確認ください。
【東山魁夷 作品の種類と価値の序列・相場目安】
| 序列 | 作品の種類・技法 | サイン・印・証明 | 買取相場の目安と市場データ |
| 1 | リトグラフ(生前作) | 直筆サイン(鉛筆)あり | 【30万円〜150万円超】 本人が監修しサインを入れた美術品。人気図柄『白馬の森』などは100万円を超えて落札される実例が多数あります。 |
| 2 | 木版画(アダチ版画等) | マージンに印章・版元印など | 【5万円〜15万円】※図柄により大幅増 熟練した彫師・摺師による伝統技法と、限定エディション管理の厳密さが高評価の理由です。一般的なサイズ・図柄の目安は5〜15万円ですが、『緑響く』など極めて人気の高い図柄では50万円以上の評価がつく実例も存在します。 |
| 3 | 新復刻画(リトグラフ等) | 額裏に「東山すみ」監修シール | 【3万円〜15万円】 没後、遺族監修で制作。生前作より価格は下がりますが、安定した需要があり数万円〜十数万円で取引されます。 |
| 4 | リトグラフ(印のみ) | 印(朱色の落款)のみあり | 【1万円〜5万円】 直筆サインがないため、美術市場での評価は一段下がります。 |
| 5 | リトグラフ(証明弱) | サインなし・印なし ※版元シールのみ | 【数千円〜3万円】 本人関与の客観的証明が乏しく、価格優位性は高くありません。 |
| 6 | シルクスクリーン | サインなし・版元シールのみ | 【数千円〜3万円】 東山作品において、シルクスクリーンはリトグラフに比べ市場評価が劣る傾向にあります。 |
| 7 | 岩絵具方式複製画 | 特殊印刷による再現 | 【1万円未満〜数万円】 大型作品や状態の良いものは数万円の値がつきますが、実際には1万円未満で推移する事例も多く、資産価値は限定的です。 |
| 8 | 複製画(共同印刷など) | 印刷物・証明書等なし | 【買取不可〜数千円】 大量生産されたインテリア用品としての扱いに留まります。 |
査定を依頼する前に、作品の余白(マージン)の鉛筆サインの有無、および額裏のシール(証明)を必ず確認してください。


【図柄・モチーフの格差】市場需要が価格差を生む理由
前項の「技法の序列」に加え、美術市場では「何が描かれているか(図柄)」が価格を大きく左右します。同じ技法・同条件で比較した場合、以下のモチーフは価格優位性が明確に確認される傾向にあります。
- 市場需要が最も安定している図柄:白い馬がいる風景
- 『緑の詩』『白馬の森』など。これらの作品が圧倒的に強い理由は、単なる知名度だけではありません。「東山魁夷ブランドの象徴的イメージ」であることに加え、視覚的にわかりやすく空間に調和しやすい(飾りやすい)特性があります。そのため、個人コレクターだけでなく、病院やホテル、企業のエントランスといった安定した法人需要が存在し、他の風景画と比較して数倍のプレミアム価格が維持される構造になっています。
- 価格優位性が高い図柄:重厚で静謐なドイツ・北欧の風景を描いた作品群
- 『晩鐘』『残照』など。現地取材に基づく独自の日本的感性による風景表現は、コアな美術愛好家からの評価が定着しており、オークション等でも高値で安定しています。
- 一般的な風景画の傾向:
- 上記以外の一般的な山、森、海などの風景画は、供給量と需要のバランスから、トップクラスの価格帯には届きにくいのが市場の現実です。
【市場レポート】現在の市場環境:下落トレンドの実態と贋作問題
東山魁夷の版画を売却する上で、現在の市場環境の実態も正確に把握しておく必要があります。近年のオークション等の落札トレンドは、全体として下落傾向(弱含み)にあります。
業者間取引における私の実感値として、2018〜2019年頃の相場と比較すると、一般的な作品群では20%〜30%程度の下落が見られるケースも珍しくありません。ただし、すべての作品が値下がりしているわけではなく、『白馬の森』のような最上位の人気作やコンディションが極めて良好な生前作については価格が「横ばい」で推移し、底堅さを見せています。
全体的な下落トレンドの主な要因は以下の3点です。
- 供給過多(相続・遺品整理による放出): コレクターの高齢化に伴い、遺品整理や生前整理によるマーケットへの作品供給が増加しています。
- 趣味嗜好の変化: 現代の住環境や若い世代のアートに対する嗜好性の変化により、東山魁夷といえどもかつてほどの圧倒的な需要を維持しきれていません。
- 2021年「偽版画事件」による買い控え: 大阪の画商らが東山魁夷などの偽版画を大量に流通させていた事件(後に有罪判決)により、市場に強い警戒感が広がり、相場下落の大きな引き金となりました。
この事件以降、真贋確認への意識が高まった市場環境において、有力な指標となっているのが「一般財団法人 東美鑑定評価機構(TCFA)」による鑑定です。本物と認められた作品には鑑定証書が発行され、額裏に偽造防止のTCFAシールが貼付されます。
ただし、TCFAの鑑定にも限界があります。
1点につき20,000円(税込)の鑑定料が発生し、原則として美術商を通じた受付が推奨されています。また、TCFAが扱う鑑定範囲には厳密な制限があり、市場に存在するすべての版画作品が対象となるわけではありません。鑑定システム確立前に流通した正規の真作も無数に存在するため、「シールがない=贋作」と直ちに断定されるわけではありませんが、「TCFAシールがあること」が現在の市場において流動性を高める強力なカードとなっているのは紛れもない事実です。
適切な評価を下げる「コンディション(状態)」と保管の鉄則
いかにサイン入りの人気図柄であっても、状態が悪ければ致命的な減額対象となります。査定現場で特に価格差が生じやすいのが以下の症状です。
- 斑点状のシミ: 湿気やカビ、紙の酸化による茶色い斑点です。
- マッティング不良による波打ちとマット焼け: 額の中の台紙の劣化により、紙が変形したり周囲が変色したりする状態です。
- 退色(色あせ): 木版画の水性絵具は紫外線に弱く、青や緑が失われると評価が下がります。
- エディション番号の擦れ・薄れ: マージン部分に書かれた限定番号が見えなくなっている状態です。
- トリミングの有無: 過去の額装の都合で、マージン(余白)が切り取られていると、版画としての価値は大幅な減額対象となります。
【保管の注意事項】
ご自身でシミを拭き取ろうとするなどの素人修復は、紙を傷め価値を著しく下げます。これから保管を続ける場合は、「直射日光(紫外線)を完全に避けること」「風通しを良くし、急激な温度・湿度変化を防ぐこと」を徹底し、現状のまま専門家に見せることが鉄則です。
まとめ:冷静な市場分析と専門家による査定の重要性
私の査定現場でも、同じ版画作品でありながら、コンディションや真贋証明の有無によって10万円以上の価格差が生じるケースを幾度となく経験しています。市場需要に基づく明確な価格差が存在し、かつ近年の相場が下落トレンドにある中、作品の価値を正確に見極めるには最新の業界動向を熟知したプロの目が必要です。
ご自身の所有する作品が現在の市場でどのような立ち位置にあるのかを判断するため、まずは以下の4点をご確認ください。
- サイン・印の有無(直筆か、印のみか、何もないか)
- 図柄(白馬、ドイツ・北欧風景、一般的な風景)
- 証明書の有無(TCFAシール、東山すみ監修シールなど)
- 状態(シミ、退色、波打ちなどのダメージ)
この基本情報を整理した上で、正確な適正価格を把握したい場合は、絵画・版画の取り扱い実績が豊富な美術品専門の買取業者へ査定をご依頼されることをお勧めいたします。










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